太田りゆ(競輪)はハーフで父は外国人?大学休学で開運と奇跡が!

美人アスリートの太田りゆさんをご存知ですか?ハーフで父が外国人なのではないかとの噂です。大学休学が転機のキッカケだとか。そんな太田りゆさんのハーフの噂や父や大学の情報をまとめてみました。

アジアカップやワールドカップで日本記録を出した、競輪の太田りゆ選手が注目を集めています。

ガールズケイリンで活躍する太田りゆ選手は、異国風の顔立ちなのでハーフではないかと考える人がいます。

また知名度が上がって間もないので、国籍や通っていた大学などのプロフィールについても話題になっていますね。

スポーツバラエティ番組『ジャンクSPORTS』にも出演し、競輪選手になった理由などを語りました。

この記事では、そうした太田りゆさんのプロフィール、両親の離婚と競輪を目指した経緯、ハーフかどうか、強さのヒミツなどについて見ていこうと思います。

 
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太田りゆのプロフィールは?

太田りゆさんは現在24歳(生年月日は1994年8月17日)で、星座は獅子座、血液型はB型、出身地は埼玉県です。

愛称はりゆちゃんで、身長が165cm、体重は65キロです。

2017年7月に競輪選手としてデビューしています。

今のところ、結婚に関する情報がないので独身のようです。

彼氏についての情報もありませんが、「去年のクリスマスにディズニーパークに同伴したのは彼氏ではないか?」という噂があります。

しかし、一緒に行った人がいるという事が分かっているだけで、彼氏がいる根拠は何もありません。

太田りゆさんは子供の頃から運動が得意で、小学生の時にはバスケットを頑張り、中学・高校では陸上に打ち込んでいました。

中学・高校時代には多くの陸上競技で優れた記録を残して、将来を嘱望されていました。

大学でも陸上競技を続けたかったそうですが、両親が離婚し家計が苦しくなったため、止めざるを得なかったようです。

そんな時、大学の先生や友人に競輪を勧められ、競輪選手目指し始めました。

両親は数年前に離婚しており、今は母子家庭だといいます。

太田りゆさんのツイッターの画像には、母親と姉と弟が写っているので、4人家族のようです。

SNSなどの情報から、姉は27~8歳、弟は15~6歳くらいと推測できます。

母親の年齢は判明してませんが、画像の顔はかなりお若いですから、40代後半でもおかしくありません。

ツイッターを見ると家族で楽しそうにしているので、仲は良好のようです。

レースの賞金なども必要な分を親に渡しているそうで、自分の事よりも家族を優先しているみたいです。

また、異国風の顔立ちからハーフだと言われる事もあります。

確かに、目鼻立ちがエキゾチックな感じですから、外国の方かハーフにも見えますね。

国籍を記載していなかった時期があったため、外国人かと噂されることもありました。

ですが、ツイッターにて本人が純日本人だと明言しています。

太田りゆ・両親の離婚で大学休学・ピンチをチャンスに!

元々、運動がずば抜けて得意だった太田りゆさんは、小中高とスポーツに打ち込んできました。

中学や高校では陸上競技で活躍し、東京女子体育大学に進学しています。

しかし両親が離婚してしまい、経済的に余裕がなくなったので、陸上競技を止めるしかありませんでした。

今でこそ、溌剌と頑張っている姿を見せていますが、陸上の道が絶たれた当時は相当苦悩した事でしょう…。

りゆさんは、お金を稼ぐためにジムでアルバイトをし始めます。

インストラクターとしても優秀だったようで、彼女のレッスンは中々好評だったといいます。

しかし、体を鍛えるトレーニングは続けていたそうです。

その後、大学の先生や友人に競輪は稼げると勧められ、競輪に興味を持ちます。

周囲に良いきっかけを与えて貰えたとのですが、古くからの友人の父親が競輪選手だったというので、全く競輪を知らなかったという訳でもなさそうです。

それから、大学を休学して競輪学校に入学し、才能を開花させていきます。

競輪学校に入学するのは結構大変なのですが、りゆさんはアッサリと入学を決めました。

競輪学校は授業や寮の費用が掛かりませんが、自転車や制服などに大体120万ほど掛かるようです。

ただ、その費用も学校から借りられるようで、デビュー後に返済すれば良いそうです。

りゆさんはあれだけ活躍しているので、デビュー後すぐに返済していると思われます。

また、レースの賞金は必要な分を親に渡しているらしく、自分の事よりも家族を優先しています。

デビュー戦では、レース全てで1着を取る完全優勝を成し遂げています。

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太田りゆは五輪代表候補?

太田りゆさんは競輪学校時代に1着を15回も取っています。

競輪を始めて間もなくでこの結果は、相当優秀のようです。

上述したようにデビュー戦の「高松ガールズ」で完全優勝をし、デビューしてから1年以内に6勝もしています。

完全優勝とは、「予選も含めた全レースの1着を取って優勝する」というものです。

デビュー戦で完全優勝できたのは、りゆさんが史上5人目だといいます。

その後、ワールドカップとアジアカップで日本新記録を出しました。

しかもアジアカップでは、銅メダルを取っています。

もちろん五輪候補としても期待されていて、それを実現可能な結果を残しています。

現在、トラックワールドカップなどのレースで結果を出すために、日々練習に励んでいるそうです。

競輪を始めてから2年ほどしか経っていないのに、この活躍ですから更なる成長がみこめるでしょう。

太田りゆの強さのヒミツ

元々、陸上競技で活躍していましたし、ジムで働いていた時にもトレーニングしていたそうですから、下半身の筋肉は昔から鍛えられていました。

今は競輪学校に通っていた頃よりも大分筋肉が付き、その分体重が増えているといいます。

太田りゆさんは、4月15日に放映されたジャンクSPORTSで、競輪選手になった経緯や、結果が出なかった時に葛藤していた事を語りました。

ご両親が離婚したため経済的に苦しくなり、女性でも高い報酬が得られる職業を探し始めました。

通っていた大学には女子競輪で活躍している増茂るるこさんもいて、先生達と共に競輪選手になったらどうかと勧められます。

そして競輪選手になり、お金を稼ぐ事が最大のモチベーションだったようです。

ですが、日本代表となってからは競技自体にのめり込み、大会で結果を出すことがモチベーションになっていったといいます。

アスリートとしての才能に恵まれていて努力を惜しまず、更に競輪に打ち込みたいという思いを強く持ったため、凄まじい急成長を遂げられたのかもしれません。

そんなりゆさんも、プレッシャーに押しつぶされそうになった時期があったようです。

周囲の評価が高すぎるのが裏目に出てしまい、失敗や落車を極度に恐れるようになったといいます。

精神的な圧迫から円形脱毛症になり、レースが始まる前に涙が止まらなくなった事もあったらしいです。

彼女は周囲の評価を下げないようにしていましたが、次第に「他人の意見を気にせずにとにかく頑張るしかない」と割り切ることが出きるようになりました。

そうして精神的に成長した結果、取り乱す事もなくなり、常にレースに集中できるようになったといいます。

太田りゆのまとめ

太田りゆさんのプロフィール、ハーフかどうか、競輪を始めた経緯、強さのヒミツについてまとめてみました。

女子競輪はロンドンオリンピックから正式な種目となりましたし、ガールズケイリンも盛り上がっています。

これからも新記録の更新や、オリンピックのメダル獲得をして、女子競輪の人気を更に底上げして欲しいですね。

太田りゆさんは、そうした力を持った逸材だと思います。

この記事を読んでガールズケイリンに興味を持った人がいましたら、是非一度太田りゆさんのレースを観戦してみて下さい。

 
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